在宅高齢者の自立を援助するために作成したアセスメントツールの検討
        ---保健・医療・福祉の共通言語の確立を目指して---
     和歌山県伊都医師会 ◯小西 紀彦、萩原 義種、西岡 弘八、田中 衣子、                         松浦 良和、松浦 典代、飯塚 忠史、上田 久美、                 種智院大学  岩見 恭子
◆はじめに
 公的介護保険制度に関する国民の理解も70%近くに達し、実施が確実視される事態となっている。新しい保険制度では、介護認定審査会によって要介護度が認定され、ケアプラン作成の後にサービス提供へ繋ぐとされている。これまでの一方的に行政の権限でサービスが措置決定される方法から、保険制度の下で高齢者がサービスを選択出来ることになるとされており、高齢者福祉は大きな転機を迎えることになろう。
 伊都医師会高齢化問題研究会ではデンマークの医療福祉視察研修を平成4年11月に行ったが、これらの研修や、その後の国内外施設の視察、並びに日頃の訪問診療の実践を通して高齢者のニーズを判定することの大切さを痛感してきた。MDS-HC や要介護認定基準試案などアセスメントに関するツールが出されているが、わが国でのケアマネジメントの現状に即しているとは言い難いように思われる。
 高齢者の在宅医療に取り組んできた経験を生かし、訪問看護婦、PT、OT、MSWの協力を得て、現場での作業を進め易い「在宅高齢者アセスメントツール」の作成を平成7年から進めてきた。また、保健・医療・福祉関係者の共通言語としてこのツールを利用し、現行の措置制度のもとでも充分なアセスメントの結果に基づいたサービス提供を行うべきであることを提案した。(平成7年11月、日本公衆衛生学会、山形市)
 今回、大同生命厚生事業団のご支援を得て、ケアマネジメント実践に一層有効な手段として利用されることを目指してツールの改良を進め、その有用性について検討した。
◆アセスメントツールについて
 ベティ・フリーダンは高齢者を成長する存在ととらえている。またデンマークでは残存能力の開発に力点を置き、高齢者を負の存在と考えていない。わが国の高齢者サービス調整チームにも、デンマークのニーズ判定委員会やオーストラリアの高齢者アセスメントチームのような活動が求められている。ケアマネジメントは高齢者の自立に向けての検討であるべきであり、高齢者のデマンド(要望)とアセスメントから正しいニーズを導き出し、サービスの提供に繋ぐことが必要である。従って、在宅高齢者のケアを全人的な生活支援として完成させるためには、まず高齢者の現状を良く知る立場にいる医療・保健・福祉関係者の手によって単なる聞き取り調査に終わらないアセスメントが行なわれるべきであろう。そのためには関係者の共通の情報となり、合理的なサービスの開発と提供に繋ぐことのできる個人情報ファイルとしてのアセスメントツールが必要となる。
 我々は、アセスメントの基本的な思想として、疾病状態を健康逸脱として捉え、統合的に把握しようとする看護診断の手法を取り入れた。ニーズを整理し、クライアントの価値観を尊重し、その人らしく生きる大目標(インパクトゴール)ヘ向けてのケア計画の作成に極めて有効であると考えたからである。
◆アセスメントツールの構成
 クライアントの身体状況を熟知している医師・訪問看護婦による身体機能評価、日常生活の様子を良く知る訪問看護婦・PT・OT・保健婦によるセルフケア評価、それに介護の状況を知る立場にいるホームヘルパー・保健婦によって記入される介護力評価の3部で構成し、これらの3つの視点から高齢者の状況を全員で理解することとした。
 1)身体機能に関するアセスメント
  A、栄養      A1、体重減少         A2、食欲       
           A3、水分摂取         A4、咀嚼機能     
           A5、義歯           A6、嚥下機能     
  B、循環・呼吸  B1、息切れ          B2、浮腫      
           B3、末梢循環不全       B4、咳・痰
  C、排泄      C1、肺尿困難         C2、失禁・遺尿
           C3、便尿意表現
  D、感覚      D1、聴力障害         D2、視力障害
  E、運動      E1、四肢の麻痺         E2、筋力低下      
           E3、歩行障害          E4、不随運動
           E5、関節拘縮
  F、伝達      F1、言語障害(発語)      F2、言葉理解
           F3、短期記憶障害        F4、長期記憶障害
           F5、時間見当識障害       F6、場所見当識障害
           F7、自己見当識障害
  G、安楽      G1、疼痛            G2、パニック
           G3、床ずれ           G4、不眠
  H、情動      H1、自発的行動        H2、集中力障害
           H3、感情鈍麻          H4、覚醒障害
           H5、錯乱・せん妄        H6、易刺激性
           H7、徘徊
 2)セルフケアに関するアセスメント
  I、セルフケア   I 1、食事の動作         I 2、食事の準備
            I 3、食事の後始末        I 4、整容
            I 5、入浴            I 6、衣服更衣
            I 7、トイレ
  J、排泄管理    J 1、排尿コントロール      J 2、排便コントロール
  K、移乗      K1、ベッド・椅子・車椅子    K2、便座
            K3、浴槽
  L、移動    L1、歩行・車椅子移動   L2、階段の昇降
  M、コミュニケーション
        M1、会話の理解      M2、意思の表現
  N、社会的認知  N1、近隣・友人との交流  N2、自己決定
            N3、記憶障害
  O、関係・役割  O1、介護者との関係     O2、家族との関係
           O3、経済的な課題
  P、価値・選択 P1、生命意欲          P2、学習意欲
            P3、社会性
 3)介護支援に関するアセスメント
  Q、介護者     Q1、介護時間         Q2、介護の知識
            Q3、介護の継続性        Q4、介護実行力
            Q5、ストレス解消        Q6、介護者への援助
           Q7、介護の意思決定       Q8、介護者の生活保障
            Q9、 経済的な負担
  R、居住環境    R1、快適性           R2、段差の程度
            R3、浴室            R4、トイレ
            R5、立地条件
  S、虐待      S1、身体抑制          S2、身体・室内の清潔感
            S3、外傷            S4、無視
  T、関係      T1、家族・親族         T2、近隣
  U、公共サービスの利用
            U1、夜間介護          U2、福祉サービス
            U3、補助器具・生活用具     U4、住宅改造
            U5、医療・看護サービス
ツールには評価スケールを添付しているが、概略は以下のとおりである。
 身体機能;障害の程度を 5 段階で評価。障害を認めない場合には 5 と評価し、強度の      障害を認める場合には 1 の評価とする。但し、自立への可能性を考慮しながら、残存機能を積極的に評価することとした。
 セルフケア;FIM ( Functional Independence Measure ) の判定基準を参考にして5 段階評価とした。
FIM に於ける完全自立(7)、修正自立(6)を 5 とし、監視・準備(5)を 4 、最小介助(4) を 3、中等度介助(3) を 2、最大介助(2)、全介助(1) を 1 と評価する。
 介護支援;5段階評価を行なうが、充分な態勢であると考えられる場合に 5 と評価し、以下 1 までのランク付けを行なう。
 以上の様式によって作成された評価票を、その他の医療情報等と共に検討の場に提出し、ケアマネジメントの資料としている。
◆ケアマネジメントの方法
 今回のケアマネジメントは高齢者の現状を一番知っているかかりつけ医がクライアントに代ってデマンド(要望)を代弁することとした。医師、訪問看護婦、PT、OT、及び MSW の医療関係者の中で最も適当と思われる担当者がアセスメントを各々分担し、検討会でニーズを 10 領域(健康管理、ADL・IADL、介護、家族関係、人格・意欲、社会交流、住居・生活用具、経済、リフレシュメント、公共サービス)に整理した。次いで、インパクトゴールを設定、自立への援助を支柱にケア計画を作成して介入へと繋いだ。
◆ケアマネジメント事例紹介
 94 才の高齢にもかかわらずアセスメントを繰り返した結果、ケアマネジメントも順調 に進み、その人らしさを発揮出来るようになったケースを紹介する。 
 プロプィール;75 才の妻との2人家族。平成6年2月、脳梗塞発症、左片麻痺を残す。 同年 4月、座位も困難であったため入院。4 本杖で室内を10 m 程度の歩行が可能となって同年 9月に退院した。退院後、公的サービスで介護ベッドを申請し給付が受けられた。転倒を繰り返していたが、意欲的に平行棒訓練等を行ない、畑を耕してスイカを収穫するまでに改善した。しかし、平成8年5月頃から運動能力が暫時低下しはじめ、夜間にはオシメをすることになり、妻の介護負担が増加した。妻の腰痛による入院と同時に再入院し、リハビリテーションを再開した。
クライアントの要望:妻の腰痛悪化による入院のため、リハ入院させてほしい。
アセスメント:第1回、平成6年9月。第2回、平成8年5月。第3回、

アセスメントサマリー:
 身体機能;食事摂取量の低下。左不全麻痺と筋力の低下。歩行障害。尿失禁と遺尿。短期記憶障害と易刺激性の出現。
 セルフケア;日常生活動作の低下、排尿コントロールが不十分、意欲低下のため能力があるのに妻の介護を期待してしまう。
 介護支援:妻の腰痛により介護の継続が困難。介護サービスの不足が目立つ。
ニーズ判定:健康管理;食事の摂取、体調の安定確保。 
 ADL・IADL;歩行の耐久性の向上、失禁対策。
 介護;介護者の健康不調に対する援助、手出しをしすぎない範囲の介護の決定。
 家族関係;2人世帯のため無し。
 人格・意欲;意欲低下と軽度の痴呆への援助、尿失禁から傷つく人格への配慮。
 社会交流;生来のユーモア精神の回復とデイサービスでの人気者の復活。
 住居・生活用具;現在のところ特に必要としない。
 経済;特に課題はなさそうに思われる。  
 リフレッシュメント;特に希望は無いが、介護法の習得による負担感の軽減。
 公共サービス;介護力低下に伴う代替サービスの開発。
インパクトゴール:
 子供のいない高齢者の2人住まいで、心身の機能低下が見られる。これを最小限に抑え、残存機能を引き出す。自立支援を工夫する中で公共サービスを充実し、住み慣れた家で安心した生活を継続する。
小目標と介入法:
 1、低下した運動機能の回復;耐久性の向上に再度挑戦して、意欲回復につなぐ。
  1)訪問リハにより、リハ意欲を出させる仕掛けを考え、看護婦が歩行練習を継続す    る。入院リハで段差昇降、階段昇降、スロープ、屋外歩行、一本杖歩行を取り入れ耐久性を高める。新たなプログラムへの受け入れが悪いことに対しては、動きの成功感を得ることにより意欲が向上するのを待つ。(PT、看護婦)
  2)オシメによる意欲低下には、介護者が座敷にポータブルトイレを置きたがらないが、家具調トイレを利用して排泄を容易にする。椅子・机の生活への変更を考慮。(PT、MSW)
 2、健康管理;高血圧、逆流性食道炎の治療と管理。(医師)
 3、介護と看護;妻がいなければ不穏や見当識障害を来すが、妻の腰痛を考慮して、妻の看護範囲を了解する。ヘルパー援助を遠慮なく受け入れることを了解する。初期痴呆の介護方法を習得する。(医師、看護婦、PT)
 4、退院後の援助態勢の強化;ヘルパーの毎日の家事援助。医師、看護婦、PT、薬剤師によるシステム化を行ない、土日の不安への対策を講じる。
再評価:
 階段昇降という今まで思ってもいなかった「奇抜なこと」(本人の弁)が出来た自信が、庭の蜜柑狩りに加わること、気懸りだった川向こうの実家へ帰ること等への想いへ発展させた。また、生来の社交性は、入院中に同室の 83 才のねたきり老人にも好影響を与え、彼をして自力でのポータブルトイレへの移乗を可能にさせた。阪神タイガースの元選手であった甥からプレゼントされたグッズ帽をかぶり、ユーモアあふれる性格は、負担感を伴わないで気楽に近隣の人々が訪問する事を歓迎し、社会交流のある生活を確保している。妻は、遠慮せずにヘルパーに任せる範囲を決める事が長く在宅を続けられる条件であると了解し、受け入れた。しかし、今後の ADL の低下や妻の介護能力の低下を考えると、土日や夜間の援助態勢が必要である。また、現在は訪問看護婦やヘルパーに電話連絡が出来ているが、支援態勢が不十分であり、気軽な依頼がされていない。体制整備が望まれる。
◆考察
 我々は、デンマークの高齢者福祉三原則(生活の継続性、残存能力を生かす、自己決定権の尊重)を思想的背景としてアセスメントツールの作成に取り組んで来た。また、疾病の分析的医学でなく、健康逸脱として統合的に捉える看護診断の手法を用いた。問題指摘型ではなく「あるべき姿からの歪を取り除く」という統合的手法がケアマネジメントには必要であると考えたからである。さらに、聞き取り調査ではなく、クライアントをよく知る立場にいる担当者が機能障害・能力障害・社会的不利を分析し、全人的復権のリハビリテーションとしてケア計画を立てることを目指した。すなわち「その人らしく生きられる大目標」であるインパクトゴールを設定し、介入・支援を工夫することにしている。
従って、ケアマネジメントの過程は次の如くに表現出来る。
  要望           ニーズを引き出せるように整理する
  アセスメント       身体機能、セルフケア、介護支援の3つの視点から
  ニーズ 10 領域の整理    要望をニーズに引き上げるプロの手法
  インパクトゴールの設定  その人らしく生きられる大目標    
  小目標とケア計画     重要課題順に整理、順次解決を試みる
  オフィシャル、インオフィシャルの計画  公的があれば、私的支援は潤いを生む
  実施           HELP TO SELFHELP
  再評価           科学性の追求、残されている課題・新たな課題の点検
 アセスメントツールを利用し、在宅での高齢者についてケアマネジメントを行なった。その結果、1)情報の共有に極めて有効である。2)クライアントの全体像を漏れなく把握し、向上への目的意識を持てる。3)ニーズを 10 の領域に容易に整理してインパクトゴールの設定が正確に出来る。4)自立に向けての小計画の作成を可能にし、サービスの提供・開発に有効である、と考える。従って、これらの一連の手法は高齢者の尊厳ある生を追究し易くすると思われ、今後も事例を重ねてツールの妥当性の検討を続ける予定である。
◆謝辞
 ご支援を頂いた大同生命厚生事業団に衷心より感謝致します。また、ご指導頂いた大阪
府立大学黒田研二教授、愛知県立看護大学白井みどり講師に深くお礼を申し上げます。
ご協力頂いた紀和病院の看護婦、PT、OT、MSWの皆様にもお礼を申し上げます。
◆参考文献
 ベティ・フリーダン:老いの泉 , 西村書店
 D. チャリス、B. デイヴィス:地域ケアにおけるケースマネジメント , 光生館
 M. マテソン、E. マコーネル:看護診断にもとづく老人看護学 , 医学書院
 岡本祐三:デンマークに学ぶ豊かな老後 , 朝日新聞社
 D. マックスリー:ケアメジメント入門 , 中央法規
 竹内孝仁:ケアマネジメント , 医歯薬出版
 上田敏:リハビリテーション医学の世界 , 三輪書店